MARIA,TAKAYO,長瀬実夕,西村朝香,ZONE.RUNTIMEサポートブログ THE NEXT IS A WAY TO THE BUDOKAN 其次是到日本武道館的道路
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一男さってまた一(難)?


guradian angel なのかgun's & rosesなのかは置いといて(笑)

MARIAの2ndアルバムはおすすめできると言いました・・が

たしかにおすすめは出来ますが

シングルのカナシミレンサがリリースされた時の

期待感には達しなかった2ndアルバム。

ここへ来てサウンドプロデューサー交代?・・・なぜ?




評価2分するシングル「カナシミレンサ」ですが

私は非常に高評価してました。

それ故にアルバムにはかなりの期待感があったのですが

そのサウンドアプローチが故の交代劇なのか?

交代が決まってたから

最後、自由にいったのか?(そんなわけないか)

MARIAの進化は止まらない


このキャッチは言えてるよなー

とか思いながらニヤニヤ妄想を膨らませていたのですが



ともかく

ここ最近の活動はとても順調で

対バンや地元でのライブ活動

ワンマンにしても箱の規模を小さくしてSOLD OUTにするなど

このブログに来てくださってた方たちからすれば

遅っそ

というような

当たり前のことを当たり前のようにやる[2008/5/15]

そういう状況になってきて

ますます良い方向に向かっているのだと思っていたのですが





ええことばっかりではないようです。



彼女たちが本当に進化することを妨げている壁があるのではないか?

そう思えて仕方ない。


もしも私の記事の一部が彼女たちの活動の参考に

なっているとしたらこの上ない幸せです。


今の彼女たちに必要なのはすべてを肯定するような甘い言葉じゃない。




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一男とって?また一(男)?


ジョンテさんゴイスー(笑)

ビヨンセの振り付け師なんですね。

たしかにこんな感じのダンス踊ってたな~

私たちが知らないだけで

ある種、ビヨンセの個性ともとれるぐらいの振り付けを他の方が行っていたわけですよね。

しかし極端にまばたき少ない方

ある種人間離れして・・・(笑)



この広島のパフォーマンスは圧巻ですね

キレが違うのは見ればわかると思いますが

バックのダンサーさんも一人だけ舞台で踊っている分には

多分むちゃくちゃ上手なんだと思います。


私たちは音楽を聴いて感動するとき

このように細かいところまで聴いて評価し感動したりするのでしょうか?

やはりそこには

素人であるが故の

芸術を理解する際の優先順位なるものが

あるのではないでしょうか

メロディーと歌詞そしてアレンジそして一番最後にテクニックみたいな感じですか。。

ライブ冒頭の振り付けも首が入ってるのはジョンテさんだけで

バックダンサーの方も音楽で言うメロディーとか歌詞の部分は真似れているのですが

演奏におけるダイナミクスまでは短期間ではなかなか難しいと思います。

マイケルのスリラーのバックダンサーも世界屈指のダンサーのはずなのに

マイケルよりダサいんですよね。(笑)

それぐらいフレーズをものにしてるともいえるんですが。

ダンスに特に興味がない方でも

上の動画のように

比較できたから

その違いに気づいたとして

それをまったくしない環境は

はたしてプロとして恵まれた環境でしょうか?

その比較を取っ払うことはオリジナリティーを高めることにつながるのでしょうか?

そして今現在そういうぬるま湯の環境で結果、繋がったのか?

ですが

単にやさしさだけで

そんなことをやってきたのではないだろうということも推測できます。

そこにはやっぱり心の闇が存在すると思います。





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進化論



イッテQ

「変化できるものこそ生き残る」

ダーウィンの進化論で説かれた言葉だそうです




てなことを書くと

芸術は違う

なんて感情的な声も聞こえてきそうですが





自分に何が出来るか?

ということが優先順位の1番に来ているものは生存する。

人間が死ぬまでに身体的能力を飛躍的に変化させることができるのならば

したいことは全部出来ると思います。

しかしそれが出来ないからこそ個性が生まれるのだと思います。

自らの能力を分析理解せずして

自分を受け入れたことにはならない。

そしてこれは努力を怠るという意味ではないです。


ガラパゴス諸島の生き物のように

首が伸びるものもいれば

海へ潜るものもいる


憧れの存在と同じ道筋を歩きゴールを目指すことはすでに

自分を放棄しているのと同じ。




変化を勧めるというのは

やれ売れ線にするとか

そんなことではありません

実際売れ線なんてないですし

ルックスだけで売れるなら

後期のZONEがセールスを落とすことはないですし

MARIAが徐々にセールスを下げることもありえません。

仮にファンが本格的なバンド志向をのぞんでいたのであれば

そのセールスの結果は

まさに彼女たちのルックス以外のロックバンドとして受け入れがたい

という評価だったのでしょう。

ZONEの後期も彼女達に求めていたのはルックスだけのファンではなかったし

ましてMARIAには、より本格的なものをのぞんでいたのでしょう。




劣悪な環境化で生物はその環境に

自らを対応させ生存すべく

変化する


その回答がセカンドアルバム

「DAY BY DAY」で聴けるのか。





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結論から言いますと
話が前に進んでないっぽいので

とにかくなにが言いたいのかというと

エグゼクティブプロデューサーに問題ありということが言いたいのです。

CDに記載されているどちらかの人物なんですが

勿論それはソニー側ではなく

ランタイム側の人物です。


とくにこの人物への私の不信感が強まったのは

去年北海道でMARIAがライブをしたときのセトリに矢島美容室、Perfumeのカバーがあったことです。


彼女達のブログにはファンのみんなが驚くようなライブをやります

なんて意味深なことを書いてあったので楽しみにしてましたが。。


直に見た人が露骨に嫌悪感を表すことはないと思いますが

「?」ぐらいはおもったはずです。




北海道くんだりなんて

金銭的にも距離的にも

そう年に何度も足を運べる場所ではありません

ファンサービスの一環としてもその発想はひどいと私は思いました。


彼女達がそれをヨシとする発想のズレを持っていることにも呆れましたが

それをやらせてしまうプロデューサーにも問題があると思いました。


つづく





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愛って?
セカンドアルバムのコンセプトは



だそうで

愛というものの2面性・・・

愛に善悪の属性はあるのか?

というある種ひねくれた考えではなく

愛とは善であるという前提のもののようです

時を同じくして町田さんのブログでは愛とは一体何なんだ?

という深い考察があり(笑)

しかしこの場合

シンプルにアーティストとして今も熱烈に応援してくれるファンの期待に応えたいという表れなのだろうと思いました。

好きだけで終わらない愛あるミュージックに到達できたのでしょうか?
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眠れない三日月
セカンドアルバム「Day by Day」

オープニングナンバー

このアルバムの制作秘話として語られる彼女達のアレンジの足し引きについて

ダブルベースの必要性みたいなものがありました

そもそもダブルベースについては疑問がありましたが

そこは彼女達がダブルベースによるメリットを楽曲に活かし

アーティストとしてやっていく指針があるならそれは良いことだとも思いましたが

しかしながら実際はそうでなく
6人でデビューするに当たって各パートがだぶついたことによるダブルベースである

そして、ヴォーカル能力の高い者を人選せず

スーパーサブである舞衣子さんをメインに持ってきたこと

そして、本来演奏能力を買われてパートに就くべきところを周囲への認知度ルックスを優先させたため出発点からしてポテンシャルを発揮できない構造になっています。

特に舞衣子さんがセンターである必要性は全く無い

ZONEが後期、元気が良いという理由だけでMIZUHOさんをリーダーにしたように同じ過ちを再度選択してしまいました。

本来

各パートがスペシャリストである事が望ましいはずですがそうではない状況が生まれました。

そして特異なる形体のバンドはいわゆるスタンダードな路線のロックではオリジナリティや実力を発揮できません

しかし逆にスタート時やむを得ず変わった編成のバンドを組んだことで意図せずしてオリジナリティを手に入れたとも考えられます。

しかしそれは彼女達がこれらのマイナス要素をしっかり把握していることが前提です。

続く。


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眠れない三日月1
眠れない三日月の歌詞、アレンジが大胆に変更になりました。

なんていうエピソードを聞きながら

この曲を作った当時の思い入れを超えて

良い作品に仕上げようという意気込みというのを

このアルバムに期待していました。

前回のファーストアルバムの反省点として

作品を中途半端で終わらせないという姿勢が

インタビュー等では感じました。

たしかにファーストよりは程度は上がっていますが

それは製品化するにあたって当然のレベルであって

ミュージシャンとして特筆すべきこういではありません。





「自分たちで作詞作曲して演奏するこれがバンドのあり方だと思っていた・・」


という彼女達の言葉の後に続く

「ほかの作家さんの曲を演奏するのもありかな・・」


元来バンドであろうがシンガーソングライターであろうが

マルチになんでも出来るほうがかっこいいし

そうありたいと思うのが自然なんですが



ミスチルやサザンですらアレンジは小林武史さんにお任せしています。

自分たちの作品だから全部自分たちでという


自分たちの満足度優先でなく


音楽優先


自分の作ったものに人の発想が入ることはオリジナリティーという意味では

薄くなると思いがちですが

映画は映画監督

漫画は漫画家

個人の発想と能力だけで作られているわけではありません。

規模が大きくなればなるほど

他のひとの考えや能力がその作品には注がれています。

しかし、その作品を見て感動した人の感想に「一人で作ってないからダメだな」なんていう人がいるのでしょうか。

各パートに人生のうち何年かかけて知識と能力の向上に切磋琢磨し

経験を積んできている人が集まった大きな作品は

それだけに見ごたえ聴き応えのあるものになっているのではないでしょうか。


このことはTAKAYOさんにも言いたい。


人が一人で出来ることは小さいことぐらいです。


天才ならいざ知らず・・・なんでも一人で全部はできないもんです。





彼女達は自分たちに今何が足りないのかということすら分かっていない。


しかし毎回手ごたえはある

スタッフも反対意見はない

でも結果はついてこない


突きつけられるのはセールスの数字だけ


彼女達がそうじゃなかったと気づくのはセールスの数字を見たときだけなんです。


それは彼女達に

「そうじゃない」

「ダメだ」

音楽性以前に経験と責任において

彼女達に発言する人がいない。


勿論人の創作を否定する以上

その発言には責任が伴います。


ですが創作物の

構築と破壊

これを彼女達が怠っているかといえばそうではなく

インタビューからも分かるように

彼女達の尺度で行っているといえます。

最終的にOKをだすのも彼女達になっています。


形だけ見ればまさにミュージシャンズミュージシャンです。

それは作品が感動足りえるものであればそうですが

今の彼女達はある種、自分たちに好意的な大人たちに踊らされてミュージシャンぶらされているだけになっています。



昔、徳永英明さんがデビュー時に

ミュージシャンとはサングラスをかけて斜に構えて

口数少なくて

時間にルーズで

といったことをデビュー時のレコーディングで実践していて(笑)

友達からの電話が入ったのでといって席をはずして

1時間ぐらいしてから帰ってきたら

スタッフやスタジオミュージシャンがカンカンで(笑)

「ちょっとお前そこに座れ」と言われ説教されたそうです。

その時にやっとミュージシャンになった気がした

といってらっしゃいましたね。


彼女達はまだ

ロックとはミュージシャンとはみたいなことを

スポットライトが当たっている部分のイメージの世界で語っていて

結局出来上がった音楽作品がどうなのかではなくて

その過程の苦労話とか大事なんです。


しかし今回は、彼女達が好き(趣味的思考)だけではなく

愛でもって音楽を伝えたいというので


その辺りをどうクリアーしているのかが今作品の焦点であると思っていました。




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眠れない三日月2
この曲を見ても分かるように耳障りのよい言葉の選択に変わり

ファーストアルバムでのむずがゆい感じの子供っぽさはなくなりました。

曲としてのクオリティーは格段にアップしました。


そこで本来なければならないもの気づくわけです。



「個性」


自分たちが演奏することありきの楽曲


上手い人が取って代わったらそっちのほうがいいなんてことではまずいわけです。


良い曲が出来れば出来るほど

そこに6人の存在意義が感じることができるか否か?


そこが悩みどころになってくるはず。


しかし今は「良い曲を作る」

そこだけに焦点が当てられているのは彼女達のインタビューと今作を聴いて分かります。


「良い曲が増えたらいいじゃないか」


短絡的に考えればそれでいいかもしれません。


彼女達が今のバンド形態(Day by day)である以上

すべての楽曲が半分ぐらいの力しか発揮できていないことになるからです。


彼女達がいう

「愛」をもって音楽のことを一番に考えるなら

何をすべきなのか



パート1

そういう意味で聖飢魔Ⅱというバンドの活動をs参考にしていただきたい




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恋文
すごい良い曲になるはずだった。。とでもいいましょうか

歌詞はなかなか井上陽水ばりの世界観。

「夏が過ぎ 風あざみ」




風あざみって何かわかりますか?

答えは


そんなもの存在しないんだそうです。


井上陽水さんが語呂の響きだけで勝手に作った造語です。


恋文はまんまそれというわけでなく

大胆に言葉をカットしたことによって

聞き手が歌の中に点在する言葉一つ一つを紡ぎ合わせ

読み考える部分ができ

曲の世界観に現実には無い空間の出来事のような異様な深みが増しています。

歌詞の意味がわからないとか言っちゃうとそれまでですが

そういう風に聞かせてしまうミュージシャンにも問題があり

聞き手に意味なんかどうでもいいというぐらいに

聞かせてしまう摩訶不思議な力も

時にミュージシャンには必要かと思います。


ですが

そこはこの曲を仕上げていくためのワンアイテムの部分であって

やはりこの曲の仕上がりも中途半端といわざるを得ません。


まずは舞衣子さんのピッチ

そしてアレンジ

歌詞の語呂

彼女達は妥協無くやったといってますが

聞き手として客観的な意見をいわせてもらえば

そうは思えません。

この世界それがすべてだと思ってください。



パート2





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恋文1
前回のアルバムと大きく違う部分があるのは

大半の曲を自分たちでアレンジしたということ


前回は気がつかなかったのですが

あれでも一応アレンジの手は入ってたのだなということです。

アルバムのクレジットには長瀬実夕さんに作曲したりしている

宮永治郎さんや安原兵衛さんの名前がありました。


アレンジャーも苦労されたと思います


期限が切られていたのは勿論だと思いますが

その他、サイズやテンポ、キー

などなど

あまり手を加えないようにみたいなことがあったんじゃないでしょうか。


ですが曲はともかくアレンジはがんばっていた方なんだなと

今なら思えます。

それは今作を聴いて明らかになったんですが。

以前からライブでやっていた曲と明石さんプロデュース以外の曲のベースがほぼルート弾き

ギターはべったり8分のダウンピッキング。

特にギターのバッキングは曲をまったく活かしていない。


それは彼女達がプレイで自己を確立してないことがわかります。


彼女達の興味は目下メロディーと歌詞で

パートごとのかっこよさみたいなものにあまり目が向いてないように思います。

それは新曲のアレンジを聴けば分かるように

プレイのひきだしの少なさはバラードのアレンジには顕著に現れ

コードを弾いているだけ

もしくは分解してアルペジオしてるだけで

フレーズとして美味しいものがまったくありません。

バックのオケとしての厚みのための音という感じがします。




BOOWY/BABY ACTION「初期バージョン」



BOOWY/BABY ACTION めっちゃ音でかいのでボリューム絞ってから再生してください(爆)

初期バージョンは

ほんとうに曲の大まかな骨格できた程度で

個性と呼べるほどのなにかは無くて

イントロがあってA、B、サビ

静と動

明と暗

みたいなものがはっきりわかるのは後期のアレンジだと思います。

Aメロで取り入れたスカのビートが夏を音で醸し出していて

歌詞にある、ひと夏の思い出のイメージを盛り上げていますね。

こういうのがアレンジを聞く際の面白さではないでしょうか。


BOOWYというのはそれをリリースするまでにライブで育てながら

CDにするまでに整形していっているわけです。




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恋文2
恋文

凄い良い曲なのに

良い曲だと思っている人が少ないんじゃないかな~と思います

最終的な形をこれで出されたら誰も両手を上げて「神曲」とは言わないでしょう。


せっかく和っぽい歌詞と旋律で構成しているわりには

イントロやソロにはそういったものが感じられない

TAKAYOさんのMY BEST FRIENDSのリアレンジした時のように

やってみようかと思います・・

ボーカルの抜き取りどうやったっけな~



舞衣子さんトラックを活かしながらのほうが分かりやすいと思いますが

もしかしたらボーカルトラックは他の方に歌ってもらうかもしれません。         

修正する点は

曲頭のサビ直後のイントロ

全体的なリズムトラック

ワンコーラス目のサビの切り方


すべてはあくまで私の主観ですけど



ただこの曲の狙いみたいなものは

理解というか予想できます




「夏の~風に~」のメロディーが8分で跳ねていないのは

あえて和風の旋律を意識していると考えられます。

「な~つの~ か~ぜに~」だと少し軽快になりますが

あゆかさんのイメージはそうじゃないんですね。

ずっとゆったり流れていく時間。。

終始一貫して支配するメロディーの雰囲気


その「和」というキーワードをふまえながら

アレンジをしなければならない

ですが

音楽は食べ物と同じで

錯覚で成り立っているものです。

そのメロディーの8分音符のゆったり感を活かすためには

甘みの中に塩気も必要なのです。

きな粉のように(きな粉の例え多いな:笑)



後、非常に惜しいのは

忘れたいのに 忘れたいのに

忘れない はじめての夏


ここなんですね


はじめての夏ってエロイな(笑:コラコラ)


山口百恵/ひと夏の経験


なにが惜しいかっていうのは

コード進行における歌詞の選択ミス。

わたしがこのコード進行で曲を作っていったとしても

最後はやっぱり

本サビに行く前のリピートするコード進行

「忘れたいのに 忘れたいのに」

という部分をやると思います。

なんせ気持ち良いですからこのコード進行

ところが

あまりにもバシッっと「忘れたいのに」という語呂がはまっちゃたがゆえに

ストーリーの趣旨が変わっちゃってるんですね。


この歌詞を全部読んだ印象として

そんなに悲惨な恋じゃないですよ(笑)

むしろ不器用が祟って

上手くいかなかった初恋的なストーリーなんだと思うのですが

最後に出てくる

の反復コード進行のCM7 Dadd9

「CM7:忘れたいのに Dadd9:忘れたいのに」の部分

このコード進行にあう語呂としてこれを入れてしまった




この語呂が意味するところは

悲惨な恋(笑)後の「忘れない はじめての夏」とは矛盾する。


コード進行から考えてもそうですけど

曲の制作で

ここを一番最後に入れたのは一目瞭然。


「Day by day」に入っている

さよなら大好きな人のストーリーが持つ

死に別れなのか

生き別れなのか

みたいなところの話にしたかったわけではなかったんでしょう。


でも

CM7 Dadd9というコードを繰り返した・・


その後の本サビの「忘れない はじめての夏」

につなぐ歌詞・・・

「忘れたいのに・・」

もう「忘れない」に引っ張られて、はまっちゃったんですね。(笑)



そこが非常に残念。

「忘れたいのに」という言葉が

合いそうで合わないNGワードなんですね。


この曲の感想を聞かれたら

私ならあゆかさんに

そのようなうまは伝えます


忘れないを

忘れられないに変えたとしても

それは同じことで

つじつまは合いません。


この曲のコード進行は実に美味しく

あゆかさんのセンスのよさがうかがえます。

ただ

聴いた感じこのオイシさはあんまり出ていませんが。

この曲のおもな使用コード

CM7 Dadd9 Bm7 Em7

ワンコーラス目の「~万華鏡」の後のところのキメも非常にもっさりしてます。


これらの指摘事項を

お金もらって第一線でやっているプロデューサーの人たちが

本当に気づかないのかなと言う所ですよね。








  
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ウワサの検証3
うわさの真相の続きを書かずじまいだったみたいで

こんなときなので取り上げます。

ウワサTVというところで取り上げられたゴシップ記事なんですが

その真偽やいかにと

数年に渡ってZONEファンを悩ませ続けております。(笑)

ウワサTV

前回の記事からだいぶ日が開いちゃっていますが

さっそくとりかかります。

記事全文はリンク先を参照してください

このゴシップ記事に出てくる文章の




『ZONEがアイドル主体になってしまっていること』

という部分ですが

これはいったい何を指すのか?

ZONEがGOOD DAYS以後

本格派志向に転換したと

答える方は多いのですが

果たしてそうなのでしょうか?


このTAKAYO脱退の真相と銘打たれた

この記事には脱退の理由となることは実はひとつも書かれていません。(カドウカワカランケド)

TAKAYOさんの心の闇は今もってどこにもリークしていません。(トオモウケド)

ですがここに書かれていることは

ソニーとランタイムのスタッフ間に深い溝があることは推測できます。



それはZONEというタレントの活動の方向性に一切の発言を許さない

ランタイムのかたくなな姿勢が書かれています。

『どうせ何も出来ないのだから、私たち(スタッフ)の言う通りにしていろと言われる』こと。



これはソニーかランタイム

だれが誰に向けた発言でしょう?


彼女達の活動歴の中に

明らかに無理強いみたいなものがあったなら

納得いきますが

そのような記事は目立ってありません。





ZONEのGOOD DAYS以後

シクベの棚から牡丹餅的な成功はありましたが

その後のセールス下降の原因に繋がっていることを指摘する発言として



『ZONEがアイドル主体になってしまっていること』


これをソニースタッフは誰かにこぼしているわけですね。

ところがシクベ以後は本格的バンド活動へシフトしているわけで

アイドル主体になってしまっているという発言は矛盾しているように思えます。



ここの一文は私も同じ考えで


ただ自分たちで演奏しているというレベルであり

聴かすレベルのものではないからです。


ですが自分たちで演奏することにこだわって


楽曲をそのレベルに合わせたバンドアレンジにする



それでクオリティーの高いものが出来るわけが無い


やはり楽曲が本来持っているところよりも少し下のレベルになってしまうわけです。




ですが彼女達に出来上がっていたカリスマ性みたいなもので

急降下は避けられましたが

徐々にセールスは下降します。


ZONEのGOOD DAYSと大爆発NO.1

以外の曲と2曲を聞き比べてください

演奏力の差は明らかだと思います。







作品に力がなくなっていますから

彼女達を好きだという人以外は

彼女達の音にプラスアルファを感じなくなっていたのでしょう。



ですがランタイム側はそうは思っていない。

でもソニー側はそこに気づいている。


発言しようにも

「彼女達のやりたいように」

と口を挟んでくる人間がいる


議論の席で反対の意見がでるのは当たり前のことで

それを論破することもせず

発言させないなんていうのはナンセンスです。


ソニーとすれば

彼女達がバンドルとしてデビューした理由をきっちり理解しているわけです



バンドでもなく

アイドルでもない

というのは


バンドとしての力も無ければ

アイドルとしての力も無い

ということが分かっていた。


だからその中間のバンドルでのデビューだったわけです。


Perfumeがただのダンス&ボーカルユニットでなくなったことがブレイクの原因であるように。

ところが本人たちは

GOOD DAYS以後

ソニー側の発言を聞き入れなくなり

さらにはシクベの成功がランタイムの発言権に大きな力を与えてしまった。



そしてここでいうソニースタッフの


アーティスト主体でいきたくても


とはなんのことだろう?

バンドでしょうか。

ダンスユニットでしょうか?


ZONEがZONEたりえたバンドルとして極めることだったんだと思います。

現在のPerfumeはアイドルという位置づけでしょうか?

それぞれに武器をもってたはずなんです。

ZONEはZONE

PerfumeはPerfume



それやりながら

バンドとしての腕を上げて

いつか・・・というプロセスなら話は分かりますが





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カナシミレンサ
MARIAの作品の中で非常に意義ある一曲。


カナシミレンサ

なぜに意義ある一曲なのか?

ウワサの検証3をはさんだことも関係してきますが

MARIA史上

はじめてと言っていいぐらいプロデューサーのアイデアや

外部のリクエストが入っている曲なんですね。


デルトラクエストOP/HEART☆BEAT

どうでしょう?

この成長っぷり。


上記2曲の

違いがわかりますか?



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カナシミレンサ1

カナシミレンサ


HEART☆BEAT

この2曲の大きな違いにお気づきいただけましたか?


アニソンの主題歌としてのマッチ感といいますか

どちらの曲も1分30秒なんですが

その使い方がまったく違います。

カナシミレンサは1分30秒のどこにも手を加えていません





それに比べてHEART☆BEATの細切れ感といったら

不自然極まりない。


無理から1分30秒に収めるために切り貼りしています。


こんな編集でタイアップだなんて到底思えません。

イントロ、A、B、サビ ありとあらゆる所切り刻んで

DAW編集で短くつないであります。

酷いのはイントロのシンセのフレーズが不自然にバッサリ切れるとこ。


カナシミレンサの後に聞くと怒りすら覚えます。


タイアップ曲として使用されるわけですから

秒数的に制約ができるのはしょうがないとして

それならそれで

短いバージョンで録音しなおすことが大前提だと思います

その手間すら省いて

切った貼ったでつないだ楽曲でどう感動すればいいのでしょう?


CITY HUNTER/GET WILD(TM NETWORK)

80年代のJ-POPの名曲

GET WILDです。

プロデューサーの明石さんはB'zのギタリスト松本さんと二人三脚で多くのヒットソングを手がけてきました。

TMには松本さんがライブやスタジオレコーディングで

数多くギターで参加しています。

ある種、曲がどうやって盛り上がっていくのか?

みたいなそういう美味しいツボみたいなものを熟知していると思います。


じゃあそんな人がファーストアルバムから

プロデューサーを勤めているのに

なぜセールスが下降するのか?


今までのMARIAの楽曲に明石さんのプロデューサーとしての手腕みたいなものは見えたでしょうか?

10数年業界の最前線でやってきた敏腕プロデューサーが

素人に四の五の言われる部分を残すような仕事をするなんて

わたしはちょっと不思議でした。いやすごく不思議でした。


ところがカナシミレンサでは

いろんなところで彼女達の発想だけでないであろう部分が多く見受けられます。


愛華さんのインタビューによればこれは詞先ということで

そのあとTATTSUさんがメロディをつけたようです

歌詞の内容は彼女がプライベートで起こった出来事と

アニメの世界とがリンクするようなとても良い詞になっております。



この曲についてあまり情報は収集していませんので

勘違いだったらすいません。(笑)

カナシミレンサの誕生において

タイアップの話があって制作に取り掛かったのかはわかりませんが

仮に原型みたいなものが出来上がっていたとしても

1分30秒のサイズに合わせて手直ししているだろうと考えます。

それがテンポであったりイントロであったり

というサイズの部分に出てきているとしたら

柔軟な物の考え方

オリジナリティー=他人の考えを混ぜない

みたいな発想ではなくなったんだと

私は思ったんです。


サイズが変われば若干のメロディーや歌詞の手直しも勿論あると思います。


すこし注目してほしいのは

1コーラス目と2コーラス目の歌詞の出来なんですが。

1コーラス目がバシーっとメロディにはまっているのに対して

2コーラス目は若干字余り気味なんです。


この場合歌詞としてはどちらが先に出来上がっていたのでしょう?


愛華さんが詞先で作ったという歌詞にTATTSUさんがメロディをつけた

そうなると当然メロディありきで詞を書くわけではないので

メロディとするにははまらない部分が出てくると思います。


しかも1コーラス目の歌詞は異様にアニメの世界観とマッチしている。

勿論、愛華さんのプライベートの描写でもあるわけですが


初めに愛華さんが書いた歌詞は2コーラス目の部分で

それにTATTSUさんがつけたメロディをガイドに

1コーラス目の詞を書いた。という考えも出来ます。


なので

まんま歌詞を採用したのは2コーラス目で

サビの歌詞は多分ある程度変わっていると思います。

TATTSUさんがメロディをつけた感じで上手いこと手直しして

「悲しみ連鎖」という言葉がでてきたんじゃないかな~と

ここは漢字というのもひとつにはその名残りだと思います。


順番としては

2コーラス目

サビ

1コーラス目

全体

みたいな感じだと推測します。

要するに1コーラス目はタイアップの為に作られた可能性が高いということ。(シランケド)


自分の思いのたけをつづる感じだけだと

2コーラス目の歌詞で終わってたと思いますが

そうじゃなかった。

いろんな制約は発生したけれど

それを乗り越えていい作品を生み出したと思います。


アレンジにしても

ここへ来てやっと明石さんの本領発揮とでもいいましょうか

GET WILD並のアレンジで

夜の街を駆け抜けていくかのような疾走感。

サビから始まり

ドラムフィルとギターのグリッサンドで始まるイントロ

曲が進むにつれて盛り上がっていくバッキング

冒頭に続いて反復されるサビ

アニメのOPのエンディングにピタリとはまるような中間のギターカッティング。

ギターソロ手前の洋楽ハードロックばりのブレイク。(これなんかは絶対MARIAのメンバーにはない感覚ですよね)

サッドネスチェ~~ン

を聴いたときはやり過ぎやろと(笑:いい意味で)

サッドネスチェーンのコーラスがまたツボなんですね。私の。

もっと大げさでも良かったのにと思ってるぐらいです。










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noblesse oblige
GACHARIC SPINのギタリストEITAサン脱退のあと

誰が勤めるのかと思いきや

元EUPHORIA TOMO-ZOさん(TOMOじゃなかったっけ?)



EITAさんよりガチャピンに似合ってそうな気がします。



実力あって加入するしないの話になるのが当然のことだとは思います。



現在、沈黙を続けるTOMOKAさん

もしも、ですが

チョッパーさんがメンバー募集自薦他薦問いませんと告知していたときに

TOMOKAさんを薦めていたらどうなっていたのかな~

なんて思ったりします。



ガチャピンというバンドメンバーが持つ

柔軟かつアグレッシブな行動力は



彼女が望むところの

「変わりたい」という願望を満たしてくれたのではないかと思ったりします。

生きる

生きている

という言い回しの違い

なんてことを言いたいわけではないですが


仕事を誰かが持ってくるまで何もしない・・・

出来ない・・じゃないですよね

インディーズは自分たちでガンガン前に進んで行ってる。


そういう人任せな自分を変えるなら

そういう輪に入るのも考えのひとつだと思います。

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カナシミレンサ2
カナシミレンサの歌詞の意味

愛華さんは身の回りで起こる悲劇の連続

マイナス思考の連鎖

そういう意味でつかわれたのでしょうが


私はこれをランタイムの一連の出来事に

重ねてしまいました。


人を信じない

人を許さない


これら負の行為が連鎖してある現状。


タレント、アーティストを守るという意味で

外部からの意見をシャットアウトするというのは

防御になっているのかもしれません


他人の領域と自分の領域を重ねることで広がる世界。

それなしに自分たちの能力不相応の活動を続けては

やはりどこかに支障をきたします。



身近の親しいひと以外の愛ある忠告すら

ビジネスによるものだと

完全拒否では視野は狭いままだと思います。



ソニー側でないエグゼクティブプロデューサーはその昔タレントだったと

TAKAYOさんがうたばんで話していましたが



私たちがその存在を知らないというのは

大成しなかったのでしょう


そして自分がそのときに受けた

業界からの負の行為から

自分がもし

そういう立場になっても

タレントには外部からあーだこーだ言わせないと思ったのかもしれません。



たしかにそれは立派なことだと思います。


すぐに目先のお金に目がくらんで

タレントのバリューを下げる行為に走り勝ちな事務所が多い中。


ですがプロデューサーというのはそういう仕事ではないのです。


防御は勿論ですが

創作生産のアイデアも出さなくてはなりません。

そしてその責任を負わねばなりません。



親が自分の子供に好きなようにやりなさいというのとではわけが違うと思います




専門的な知識が無いからあなたたちの好きにしなさいでは無いのです。

そのためにサウンドプロデューサーがいるわけです。


それも口を挟ませなければ無いのと同じですが。


ファーストアルバムを聴いた時

楽曲の明るさや

彼女達の無邪気なコメントよりも


負の産物であるように感じました。


大げさかもしれませんが。


彼女達は自分たちが一体どのぐらいのレベルにいるのかを知りたいはずなのに

周りにはイエスマンしかいない・・


実際に比較するにも外部との交流がない

そんな中で自身を持って生み出したものの評価だけを突きつけられる。




身近なひとは得てして良いことしか言わないものです


他を受け入れないということは

物を作る際の摩擦からは解放されます

それは細胞における分裂とおなじようなこと


雑草の彼女達から困難を奪っちゃあ

伸びないのではないのかな~・・



なんていう推論でした。























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Guardian angel
前回は大胆な推論を展開しましたが

ひとつ腑に落ちないことがあります。

それは

舞衣子さんがメインボーカルにくるまで

だれがメインボーカルだったのか?

愛華さんとSACCHINさんがパートを入れ替えたのは?


ということですが

これらの疑問は単純な発想ではありません。


舞衣子さんはMARIAにとって(当初)心臓部てきな役割であり

デビューに当たって大事な条件であったことは確かです。



一雫

この曲のシングルリリースのいきさつは

本来、証がリリースの予定(彼女達の中だけでの話?)だったみたいで

そこへアニメ映画「アイスエイジ」のタイアップをZONEでみたいなことがあり

一雫が急遽リリースという話がありましたが


この曲でメイン(Bメロだけですが)をとっているのがMAIKOさんです

急遽のリリースだったからMAIKOさんでという遊び心だったのかは

わかりませんが

SPEED
MAX

などの代表されるダンス&ボーカルユニットのサイドメンバーがメインでなんていう

ことはあまり例がないと思います。


そしてこういう発想こそがアイドル的であるといわざるをえない部分だと思います。


SPEED/PRECIOUS TIME

SPEEDの楽曲では初めて上原多香子と新垣仁絵のソロパートが導入された。この作品から解散前のシングルすべてに上原と新垣のソロパートがある。

とWIKIにはあるのですが・・・ほんとにチョロっと て感じ。

今見るとSPEEDってそんなにダンスキレてないですね。


この時点でダンスとか見るとZONEのほうが上だと思います。

たしかにMIZUHOさんが自分たちを自画自賛する気持ちもわかりますね。


ZONE/世界のほんの片隅から

たしかにこれだけ踊れてなんで楽器持たにゃならんの?とおもっても不思議ではないでしょうね。

とはいえ人間には慣れと飽きというものが存在しますから。









じゃあ一雫におけるMAIKOさんメインという発想は

ランタイムかソニーなのか

どっちの発想なのでしょう?













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発想

back stage of 聖飢魔Ⅱ3/12

アーティストの活動に多大なる影響を及ぼす発言ができるのは

レコード会社?

芸能事務所?

その辺の見極めは難しいところなんですが


最近ガチャピンとして活動を始めた元アルメリアのはなさん

その前の活動はTHE PINK☆PANDA結成以前にチョッパーさんと組んでいた平安というバンドのドラムだったそうで

なるほど~

元々ドラムだったんですね・・なんて納得がいって

その後、アルメリア加入の際になぜベースになったのかはわかりませんが

その辺ですよね。

もし外部からの影響があるとするなら



アルメリアは男5女1のロックバンドで

メンバー構成はMARIAとよく似ています

ボーカルがベースを持っていないだけで

葉菜(はな)さんはベースボーカルでした

しかし、専任の男性ボーカルがいる中

ミニアルバムリリースの結果が思わしくなかったのか

路線変更だったのか

メジャーデビュー第一弾シングルはなぜか

葉菜さんメインボーカルのシングルをリリースします

アルメリア

BARKS アルメリア
これにはインディーからのファンもご立腹だったようで

かなりの批判が集中します。

上のサイトでは視聴できるので聞いてもらえばわかりますが

ファンがえらい剣幕で怒るほど悪くはないです。

ルックスも良いです。


MARIAを引き合いに出しますが

専任で歌えるボーカルを差し置いて

ベーシストが歌うと言うのは

その人たちにとっては中途半端なものでしかなかったんでしょう。


上記のリンク先のサイトで見れるアルメリアの活動履歴をみれば

素人目に見てもバンドがビジネスに引っ掻き回されているのは一目瞭然ですが



back stage of 聖飢魔Ⅱ4/12








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Guardian angel2
元アルメリア はなさん

アルメリア解散後ヤマハの楽器プロモーションで心斎橋の石橋楽器店を訪れています。

このあたりアクションが早いのは

事務所のおかげでしょうか?

それとも本人のやる気の問題でしょうか?


はなさん

YUIさんに負けず劣らずの端正なルックス。

GACHARIC SPIN LIVE映像

現在はこんなかんじでドラマーとして活躍されております。

アーミーさんが歌いこみすぎ?女子プロみたいなしゃがれ具合(笑)

TOMOKAさんには

北海道より東京でおなじ目標を持つ仲間とバンドを組むのもひとつのアイデアと思います


TOMOKAさん復活のインタビューでお芝居もなんて話がありましたが

不器用で2個同時にはできなさそうな彼女が

本当に歌以外に興味を持って発言した言葉なのか気になったことがありました。


彼女にしてみれば後悔して終わるのは

あの時が最後のはずです。


元ZONE組みが現在

ミュージシャンとしてなんのバリューも発揮しない今

ZONE解散において

最後の砦となりきれなかったTOMOKAさんをソロとして

デビューさせようという会社はすくないかもしれません。


その上でなんでもやらなきゃだめよなんていわれるならそこにいる必要はないと思います。

タレント性質を見抜いて何が出来るのか?

そこまで踏まえて発言できなきゃ意味ないですし。


人生を生き残るには自分の意思が一番大事です。



歌う場所とチャンスなら東京に五万とあります。


back atage of 聖飢魔Ⅱ5/12



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Guardian angel3
BLiSTAR/パラレルワールド(YOUTUBE)

BLiSTARというのは

元PINK☆PANDAの3人がメジャーデビューしたバンド名です。

このメジャーデビューシングルは彼女達の作品ではなく

外部のソングライターの作品を起用しています。


なぜこの曲を彼女達がファーストシングルに選んだのか?

私のかんぐりですが

なにか痛々しいな~

贖罪というか・・・



さあやっとメジャーデビューだというところで

チョッパーさん脱退

この辺りでデビューに指し当たって彼女達が飲まざるを得ない条件があったとは

素人でも考え付くのですが


だって4年間活動を続けたバンド名も捨て

楽曲も全部捨て

それでメジャーデビューですよ


何もわだかまりが無いほうがおかしい。





彼女達のことをピンパンから知らない人はまったくどうのこうの思わないかもしれませんが

メジャーデビューまでの紆余曲折を知っている人たちからすれば

グッと来るものがあります。



歌詞がせつないわ~

BLiSTAR うたまっぷ

公開されている歌詞のすべてが

彼女達自身に向けられているような気がしてならない


彼女達が自分で決めた優先順位ですから


他人を蹴落とすわけでもなし

善も悪もない



人生は一回きりです

今悔しい思いをしても

これ以外に方法が無いなら

あとで取りに行くならそれでいいと思います。



要は掴むか掴めないか


リアリストに徹してるのかな~


でも罪の意識は感じているっぽいよな~(悩)











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夢戦士


Perfumeってワンカメで見たほうがその凄さが分かると痛感しましたね。

この映像は一人の方が複数のパートを踊っているので

シンクロ率は高いのですが(細かい時間差など決して簡単ではないのですが)

この3人でいることの利点をうまく生かした振り付けですね。



Perfume エレクトロ・ワールド+love the world Live HD

youtubeのコメントのほうにもカメラワークが残念というのがありましたけど

本当にそのとうりで

ただのダンス&ボーカルユニットじゃないんで

その辺りを考えて撮影しないと

アーティストのよさは出てこないですね。

高い機材を使っても扱う人間の感性が低いと感動は得られません。


Perfume エレクトロ・ワールド

同じような意図でとられているようでそうではないのがカメラワークの難しいところですね。

アーティストへの理解が少ない人が仕事に参加するとやっぱり質が低下します。


ソニーだからランタイムだから

みなが同じ方向を向いているとは思っていないので

どっちが善か悪かなんて考えは持たないでいます。





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キラータイ
20091219230826
20091219230824
来たー!
吉良吉影のネクタイ
やっぱり紫が良いね。
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Guardian angel4
環境における変化

それになかなかついていけない負の遺産

大手のビジネスモデル


一昔前なら通用したかもしれないことも

現在では困難になっている。


技術力またはオリジナリティーにおいて

他との競争がないものであれば


ビジネスモデルの変革を求められることもないのですが

過去と現状を踏まえた上で

そのあたり検討していくことが大事だと思います


死(し)に馬(うま)に鞭(むち)打つ

賭事(かけごと)などの際、回復が望めないような状態の相手に、さらに痛手を与えることのたとえ。


こんなことわざもありますが


もうかれこれ何年も前から言ってますが

一発狙いなんてありえません。


厳しいことを言わせていただくと

現在そのような実力は持ち合わせていないし

ファンもそのような活動は望んでいない。


継続的な活動の副産物としてそういうような

大ヒットというものに恵まれればという考えならまだしも


過去と同じビジネスモデルではアーティストの活動を継続的にサポートすることは出来ません。



ファンの方から「CDのリリースとライブの前だけ活発になって・・・」

こんな書き込みをBBSで見るたびに

アーティストの活動をサポートするということはどういうことか

ランタイムにはもう少し考えていただきたいと思います。



ソニーとCAMエンタテイメント

ソニーは大手

CAMは新参者

CAMはレコード会社らしいことは何一つできてはいないんですけど(笑)

しかしアーティストを商品として考えそれを利用し

利益を上げようという考えが

ある種、アーティストの活動を支える形になっている。

現在の長瀬身夕さんのモバイルサイトがそうですね。


CAMのこういったサポートが

レコード会社からのオファーで発生する

アーティスト活動なのかと


レコード会社からすればアーティストを抱えるだけでは利益になりませんから

アーティストの活動をサポートすることで

利益をあげていくことが重要だとは思うのですが

不況の近年

予算削減

無いなりにアイデアをだしていかねばなりません。

大きな宣伝

大きなホールで


なんて回収が難しいのに資金投入もできません。




とりあえずは

メディアへの露出が多い

それだけでもファンはうれしいものです。

TOMOKAさんのこともありますし


一昔前のTAKAYOサンの沈黙みたいで怖いですけど。。





露出、それだけ・・・では将来的には困りものですが

それをしながら先へつなげていくことが重要です。









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| dear re:zone(C) |
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