MARIA,TAKAYO,長瀬実夕,西村朝香,ZONE.RUNTIMEサポートブログ THE NEXT IS A WAY TO THE BUDOKAN 其次是到日本武道館的道路
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告 | top↑
覚醒~長瀬実夕~沈黙~TAKAYO~TOMOKA~
ZONE解散後「自分達で選んだこととはいえ」という風に解散後の自分の未来に対して絶望して音楽から遠ざかっていたことをメディアで語っております。

ZONEというカテゴリーに束縛されると同時に心のよりどころでもあった形無き存在「ZONE」の解体。メンバーそれぞれに人生を生き抜く試練が待っていたわけですが2年のブランクの間に一度自分の持ち場、責任から離れ、精神的に解放することでまた彼女自身のポジションを再確認されたのは本当によかったです。

武道館ライブ後「心に穴が開くってこういうことなんだ」ってわかるくらいに堕ちてしまったのは彼女だけではなかったようです。

現時点でもっとも重症だと私が思うのはTOMOKAです。

今現在、RUNTIMEにすら在籍していない彼女は、もう一生歌を歌えないかもしれません。それぐらいに落ち込んだという実夕を参考にすればTOMOKAも同じくと考えて間違いないのでは。。



ぞ~んぽた~じゅ第18回

5:50秒辺りでTOMOKAがMIZUHOからメジャーの処世術を学ぶシーンがあります(笑)ギャグっぽく言っているものの実際にメジャーとはそういうところだと思います。

歌手になるということは副業を持たず音楽のみの収入で生きていくということです。インディーズのように副業で生活費を稼ぎ音楽活動に資金をあてるような人の中には売れなくてもいいから自分のやりたいことやるという発想の人が多いと思います。

このセリフはミュージシャンシップにのっとっているように見えるでしょうか。
私はそうは思いません。


やりたいことをやったからこそ売らなきゃならない。

自分の価値観で人が感動するところまでが目的なはずです。

第三者の前にわざわざ出てきたのに他人の評価がいらないのであれば初めからやらなくていいと思うのですが。

ミュージシャンは音楽の質だけを求めるわけですが、

ところがこれは購入する側の人間が本質を見極めることが可能であると想定した場合に有効ですが現実的にそんな人はいてるでしょうか?

そもそも物質に価値なんてものは存在しない、もしくはすべての物質に価値があるのだとします。(イミワカラン)

前者の考え方では物質に価値を見出して付加する。

後者は物質の価値は存在するがその価値を理解できない。

です。

どちらも同じ意味ではありますが。



私を含め世界中の人間全てに当てはまることですが物に値段をつけて売る場合、人はその物の本質にお金を出して購入しているのではないということです。

良い品なら売れるのか?悪いものなら売れないのか?

どうでしょう?身の回りのものを眺めてみてください。
必ずしも最高級のものばかりではないはずです。チープであっても良いと思えば購入するものもあります。質より量の場合もあればまたその逆もあります。購入に際しての決断は良品であるか否かではなく自分にとって都合のいいものであるか否かだけです。音楽もまたそうです。

100円ショップなどが良い例です。
物自体の本質は変えずに数量を調整しただけで普段なら売れないものでも、売れたりするわけです。

まして1000円、2000円のCDという商品となれば、スキルや前衛的な音楽性や質だ云々よりも、自分に実入りのあるものを購入したいと考えるのが普通です。

それがたとえばカラオケで歌いたいからでもいいわけです。

人にお金を出して購入してもらうために付加価値や選択肢をたくさんもうけると商品は売れるのが早くなります。

サイン会や握手会つきもその一つです。

おなじCDを買うにしてもそれ等が付いていると、購入者はお得感を感じます。

人間は常にコストパフォーマンスを気にして生活しています。

私自身購入したCDの約半分ぐらいは中古です。

しかし中古ではミュージシャンに投資したことにはなりませんし、音楽を評価して購入したことにもなりません。

曲が良いから買ったのでなく、値段につられてたわけです。

勿論動機は曲が良いからですが、値段の高い方と安い方と二つあった場合、その作品を評価すべく高い方を人間はあえて選ぶでしょうか?

音楽の本質を評価して買っているのだというのなら、定価新品で購入するのが当然ですし、自分の好みのものだけでなく、イマイチと思っていても広く世間の評価が高いものも購入するのが当然の行為であるはずです。

となるとたとえ新品で音楽を購入しても

音楽を評価するということにはならないわけですから

全世界の人たちは何を買っているのかということになります。

その答えは「感動」です。

ミュージシャンにとって大事なのは音楽であって

買う側にとって大事なのは「感動」です。

このズレがミュージシャンを悩ませているのです。

意識的であれ無意識であれそのことがわかっているミュージシャンはなんのストレスもないと思いますが。

それが器の差だと思います。

芸術とは基本的に第三者に積極的に関わる行為だと私は思っています。

自分の作品が個人の価値観だけで完結しているのであれば誰にその評価を仰ぐ必要もありませんし、まして「売れなくていい」と初めから思っているのであれば、値段をつけていろんな人のサポートを受けて”売る”という行為に意味がなくなります。

意味が無いということは


作ったという行為さえも実際には無かったということになります。
スポンサーサイト

別窓 | ZONE | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<<長瀬実夕  Key~夢から覚めて~ レビュー | dear re:zone(C) | MARIA AT THE 大阪BIGCAT PART1>>
この記事のコメント
top↑
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
top↑
| dear re:zone(C) |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。