MARIA,TAKAYO,長瀬実夕,西村朝香,ZONE.RUNTIMEサポートブログ THE NEXT IS A WAY TO THE BUDOKAN 其次是到日本武道館的道路
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 伝えるということ 伝わるということ
やっとこさ日にち分の記事が埋まったということで。笑

人に何かを伝えるということはなかなかに難しい。

伝えるというのは

行動の目的達成までが意味するところで他動詞というらしい。笑

それはどこにでもある一つの知識で。

最近わたしは町田さんのブログに書き込んでしまいました。

dear re:zone(C)としてランタイムアーティストのブログに書き込まないというのが

私のポリシーでしたが、

利村としてある記事のコメントにカキコしました。

それは「言葉の有無」という記事でした。

ここのブログで記事にもしました。

なぜ書き込んだのか。

それは私が町田さんが濁している部分を町田さんから聞きたかったからです。

町田さんはここ数年、福祉や障害者の関係のお仕事に携わっているような記事を書かれています。

そのことについて色々と世間に対して触れて回りたいことがありそうなのに

自分が健常者であり、専門的に仕事をしているわけではないということから

身障者にたいしての自分の持つ感情が哀れみの類ではないか?という気負いなどもあるのでしょうか、ハッキリとその話題について触れることは少なかったです。

「言葉の有無」についてのコメントは多くありましたが

色々なファンの方々が言葉の意味とか

自分はこう思ったとか

それぞれの考えを書き込まれていましたが

結局、町田さんの気持ちを察するコメントはありませんでした。

なんでか解かりませんけど

人のコメントを様子見しながらではなく

これは書かなければいけないと思って一番のりで書かせていただきました。



町田さんが言いたかったことを次の記事で引き出すために。




障害者のことについて何かみんなに少しでも知って欲しいことがある

しかし、ナイーブな問題ですから同じように思っている人の賛同がないと心細かったんだと思います。

前記事では濁していた部分を次の記事では、はっきりと書かれていました。

町田さんは私以外には伝えきれなかったけれど

私の意図は町田さんには伝わったのでは。と勝手に思っています。(笑)


なので身障者の話題であると限定したコメントをしました。

伝えるということは目的の結果が得られることまでがその行為の意味だと思います。

アーティストは自分の作品や言動の真意が伝わらないことに悩む時期があると思います。

これらの記事のコメントでもアーティストを励ますつもりが

理解されてないと感じる的外れの内容のものが多ければ

自分の活動に疑問を抱く要因にもなりえます。

特に今のランタイムアーティストはその辺りよく注意していないといけないような時期だと思っています。

「ZONE復活してください」という書き込みについて

私はよく記事として取り上げますが

それをすることが「目的に近づく最良の選択?」ということです。

自動詞で終わるか他動詞にするか

とはいえ

人生少しだけ長く生きてきた私達大人はそこまでの配慮が浮かびますが

若いうちは感情的に行動するのは当然なので

そこは彼女達の活動に影響が無いように私達がフォローすべきなのでは思っています。

この場合は彼女達に思いを伝えるというよりは

自動詞である「表現」していると取れるのでは。

「伝える」という他動詞の向上を目指すなら

投げたものを受けとってくれるという

他動詞について考えることが必要なのではと思います。




TAKAYOさんがブログで多数コメントについて回答されています。

「ZONE再結成してください」の書き込みにはやはり苦笑だったわけですね。

前のブログに比べればきっちり言うようにはなっているのだな~と思いました。


あそこに来るファンがその意図を受け取ったなら

伝わったといえるでしょう。


人間には選択するという余地が残されています。

それが感情を維持するバランスにもなっていると考えます。

規制が厳しくなる昨今

人間が選択する余地が狭まってきています。

より良い環境での生活を考えた末の結論のように思われますが。

食べ物を喉に詰まらせる事件もそうですが

自己責任の範疇を超えたものまで出てきます。

究極、行き着く先は体にチップを埋め込まれ

犯罪の実行前に心臓を止めるなんてこともでてきそう。

犯罪を完全に撲滅するためにチップを埋め込んで人生の始点から終点まで

行動に誤りや失敗のない人間をつくることに成功したら

もはや人間ではありません。

100%人に伝える伝達手段というものがないから

人はそこで「もっと良い方法は?」と考えるか「もうええわ」と諦めるか

常に二択を迫られます。

前者を選べば伝達能力の向上のためにいろいろなことについて学ぼうと切磋琢磨します

後者を選べば伝達方法の疑問点をそのままのこして真相へ近づくことはないでしょう。

この選択が人間の感情や先天的ではなく、後天的能力の個体差が生む個性につながるわけです。



バトルロワイヤル



表面的には過激な映画でその描写とストーリーだけが取り上げられがちですが。



深作欣ニが残したメッセージとは。

法律というのは

野生動物の世界みたいに何時殺されるかもしれないと考えながら生きることより

安定した生活を望む人間が生き易くするために作ったものでつくられたもので

極論でいうと絶対ではない。

法を飛び越えて攻撃してくることもある。

野生動物なら人間のように法律に甘えて無防備でいることはないから

注意力と回避能力でその場をやり過ごそうとする。

そんな当たり前のことでも人間社会ではちがう。

喉に詰まらせたこんにゃくゼリーを法で規制したら食べ物なんてなんでも危険。

自己責任の範疇を超えている。

人間らしい生活を保護するために人間による判断ではなく

法と機械で構築した誤り、失敗のない世界は

人間らしい世界ではなくなってしまうのではないでしょうか。


バトルロワイヤルの劇中、教師の北野が生徒に「なんでこんなことすんです。」と質問されこう答えます。

8:30辺り

「お前等のせいだよ、おまえら大人をナメテルダロ。なめるのはいいよ、だけどなこれだけは覚えとけ」

「人生はゲームです。必死になって戦って価値のある大人になりましょう。」

人生は生まれるという始点からはじまり

誤り、失敗という点をくりかえし

死という終点までをプラス、マイナスのアップダウンでつづる人生を謳歌するメロディのようである。





この映画の残虐性はそれを極論として誇張し比喩したものだと思います。

わたしはジョンレノンであろうとTAKAYOさんであろうと町田さんであろうと

好きな人の言ったことといえど考えもなしで同意することなどありえません。


作られた矛盾だらけのこの世界で

これをマイナスの意味で使っているようでは心配です。

いろんなことから逃げってまわって

手を汚さないで他人に押し付ければそれは汚れた大人より汚れています。

汚い大人の定義はなんですか?

責任から逃れること、誤った行為をする人のことですか。

わたしは責任あるところから何もかも捨て去って2年悩みました。

そういう誤り、失敗が汚いということですか。

立場かわれば誰でもそのリスクはあるでしょう。

それが商業と混ざるからきたないのですか。

それとも人の気分を害す行為それ単体のことを指すのですか。

混ざろうがなにしようがわたしは同じだと思います。

それに負けなければその人は汚い行為をせずに済んだとは考えられませんか。

不条理に負けたから恨みに変わる。

バトルロワイヤルの必死になって戦っての意味はこれでしょう。

お互いに生きることに必死なら恨みっこなし。

ですが人間は弱いからそんな風に割り切れない。それが私の思う矛盾だらけの世界です。

相手や自分の心に傷や泥をつける誤りや失敗という行為が

心のパズルの1ピースとなって

徐々に大きなものにしていく




もっと自分をよく見てください。

あなたが言っていることは表面的に整えているつもりでも

自分で自分は汚れているといっているようなものなのだと。

憧れの人がそう言ったではなく

自分の判断はどうなのかを考えるという選択をせず

座右の銘をそっくり持ってきても自分に当てはまるとは限らない。

天辺の人間と底辺の人間の考えが

錯覚で合うように見えるだけのときもあります。

影響力のある人間が表面的に整った芯をついてないことを発言しても

ファンというのはそれを信仰します。

座右の銘でつくろっても今のあなたの振る舞いは汚れています。

人生っていうのはその失敗や誤りを挽回することができるゲームなのです。

あえてパスワード記事にはいたしません。

それからワゴンを降りた理由がそんなことなら

仲間を見捨てて綺麗も汚いもないと思いますが。

今の美徳がそれでもかまいません。

それも挽回できるのが人生です。
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この記事のコメント
こんばんは。
TAKAYOさんの記事を受けて、dear rezoneさんの意見を拝見したく思っておりました。
「汚い大人」と感じる感性は十代だった頃の感性でしょうが、今の二十代のTAKAYOさんは自分でも変わってきていると自覚しているでしょう。
「汚い大人」の定義は変化しているのではないでしょうか?。
この言葉は逆に今TAKAYOさんの周りにいるスタッフに向けられているのではないかな?。
そう考えるとこれからのTAKAYOさんが楽しみです。


体の不自由な方々へのお考えについても興味深く拝見しました。40年弱生きてきましたが、今の職場で初めて体に障害のある方と一緒に仕事をすることになり、同じドラゴンズファンということで仲良くさせていただいています。いろいろ教えられること、自分の考えの甘さ、浅はかさなどに気付くことが多くなりました。
2008-10-09 Thu 23:32 | URL | なおじろけん #-[ 内容変更]
TAKAYOさんには甘いと秘かに思っておりましたが、ここまで書かれましたか。
彼女の内面の心情を吐露した記事に、去年ではありえなかったと思いながらも、昨日深夜からずっとずっと考えておりました。
これはまずいなって。それもかなりヤバイかも、と。
全てを分り易い言葉で語ってくれているのではありませんので、できの悪い頭であれこれ考えましたが、やっぱり言わないといけないんでしょうね。
まだ「汚いと大人」とか言ってるのかって。
困ったもんですね、本当に。
彼女の潔癖さゆえにどうしても許されず、我慢できないとしても、それじゃその汚い部分を引き受けざるを得ない人はどうでもいいんでしょうか。
十代の多感の時にそう思うことは誰でも経験することですが、今なおそう思っているのなら、かなりの大問題ですね。
独りで歌うことが怖い事よりも、こっちの方が深刻かもしれません。
彼女は今後も一切汚い部分は引き受けないつもりなんでしょうか、
それとも他人に任せて自分はきれいな所で心ひそかに下げずむつもりなんでしょうか。
彼女の性格からすると、きっと後者もないでしょうね。
そうすると結局見えてくるのは身動きできずに苦悩する姿のように思えてなりません。
せめて他人の汚い部分をも、少しでも軽くしてあげる方向で自らも引き受けるぐらいの気概がないと
同じ失敗を繰り返してしまうんだろうなと、あらためて痛感してしまいました。
なかなかうまくいかないものですね。
2008-10-10 Fri 00:28 | URL | 大阪の前ちゃん #-[ 内容変更]
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